丸山眞男の神話体系は「つくる」「うむ」 「なる」で整序できるみたいな話
①「つくる」という動詞によって規定されているのは、「われわれの住む世界と万物は人格的創造者によって一定の目的でつくられた」というもので、このパターンの代表はユダヤ=キリスト教系統の世界創造神話である
②「うむ」という動詞は、「神々の生殖行為でうまれた」というパターン。陰陽二元の結合によって万物が産み出されたと見る中国の盤古説話や、明らかにその影響を受けている『古事記』のイザナギ・イザナミ二神による国産み神話
③「なる」という動詞は、「世界に内在する神秘的な霊力(たとえばメラネシア神話でいうmana)の作用で具現した」というパターンの神話。人格をもたない、人間社会の外にあるなにかが起源だとすると、「主体への問いと目的意識性とは鮮烈に現れ」 ない。
この辺重要で、たぶん日本人は「なる」という発想が根強いんじゃないかって話
近世の日本の思想の中でも江戸幕府が創設された時期に支配のためのイデオロギーとして採用された朱子学は社会を動かしているものは「天地自然」の理で、「なる」世界観だと ただ、元禄年間に力をつけはじめた徂徠学は、朱子学とは違い、人間の手で作られた「法」秩序を守ることを第一とし、社会の秩序は、主体的人間によってつくり出されるべきもの、「つくる」世界観 この辺は、西欧の近代化(人間主体、人間の手で「つくる」)と被ってんじゃないかみたいな話